EU AI Actは採用・人事を「高リスク」に分類した——適用は2027年12月へ延期

EU AI Actは採用・人事を「高リスク」に分類した——適用は2027年12月へ延期

EUのAI規則(AI Act)は、AIシステムをリスクの程度で分類し、分類ごとに異なる義務を課す構造をとっています。その分類表である附属書Ⅲに、雇用と労働者管理が入っています。

採用・選考に使うAI、昇進や契約終了の判断に影響するAI、タスクの配分を決めるAI、業績や行動を監視・評価するAI。これらは高リスクとして扱われます。人事領域でAIを使う企業にとって、無関係な話ではありません。

目次

適用は2027年12月2日に延期された

附属書Ⅲに該当する高リスクAIシステムの義務は、当初2026年8月2日から適用される予定でした。これが2027年12月2日に延期されています。

延期の経緯は、欧州委員会が2025年11月19日に提出したデジタル・オムニバス(AIに関する規則改正案)です。企業が適合性を判断する際の基準となる技術標準の整備が間に合わず、16か月の猶予が設けられました。

ただし、すべての義務が先送りになったわけではありません。AI規則50条の透明性義務——AIと対話していることの明示、生成コンテンツの機械可読な表示など——は、2026年8月2日から適用されています。「高リスクが延期されたから何も始まっていない」という理解は正確ではありません。

高リスクに分類されると何が要るか

高リスクAIシステムの提供者と利用者には、次のような義務が課されます。人事領域に引き寄せて書きます。

人による監督の確保。 AIの出力をそのまま最終決定にしない。人が介入し、必要なら覆せる状態にする。採用の可否や評価の確定をAIの出力だけで決める運用は、この要求に反します。

労働者への事前通知。 AIシステムを労働者に対して使う前に、労働者と労働者代表に通知します。事後の説明では要件を満たしません。

ログの保存。 AIシステムの動作を自動的に記録し、一定期間保存します。どの入力に対して何を出力したかを、後から追跡できる状態にしておく必要があります。

決定理由の説明可能性。 影響を受ける個人が説明を求めたとき、AIがどのように結論に至ったかを説明できるようにします。

リスク管理とデータガバナンス。 学習・検証・テストに使うデータの品質を管理し、バイアスの検討を行い、リスク管理のプロセスを継続的に回します。

日本企業に及ぶ場合

AI規則には域外適用があります。EU域外の事業者であっても、AIシステムの出力がEU域内で使われる場合には適用対象になり得ます。

人事領域で該当しうるのは、次のような場合です。

  • EU域内の拠点で、採用選考にAIを使う
  • EU居住者を対象とした募集・選考にAIを使う
  • EU域内の従業員の評価・配置にAIを使う

海外拠点を持つ企業、あるいはEUからの応募を受け付けている企業は、自社が対象になるかどうかの確認が要ります。国内だけで事業が完結していれば、直ちに適用対象にはなりません。

日本の制度との落差

日本のAI推進法は2025年6月4日に公布され、同年9月1日に全面施行されました。事業者への罰則規定はなく、悪質な事業者には指導・助言で対応する構成です。経済産業省と総務省の「AI事業者ガイドライン」も、法的拘束力を持ちません。

EUが法的拘束力のある包括規制を採り、違反に制裁金を課す構造をとっているのに対し、日本は推進を軸に据えた枠組みです。米国は競争力強化を重視した分散型、中国は国家主導の中央集権型。各国の産業構造の違いが、そのまま制度設計に出ています。

日本の規制が緩いことを、対応が不要という意味に読むと判断を誤ります。理由は2つあります。

1つは、取引先が要求してくることです。EUに拠点を持つ企業と取引する場合、相手方のコンプライアンス要求が自社に降りてきます。法令が求めていなくても、契約が求めます。

もう1つは、国内制度が後から追いつく可能性です。個人情報保護の分野では、GDPRの考え方が国内法の改正に影響を与えてきました。AIについて同じ経路をたどるかは断定できませんが、先行する制度の要求内容を把握しておく実務的な価値はあります。

今から準備できる4点

適用が2027年12月に延びたことで、準備期間ができました。以下は、EU規則の対象になるかどうかにかかわらず、着手して損のない範囲です。

人事領域でのAI利用を洗い出す。 採用管理システムのスコアリング機能、評価システムの分析機能、勤怠データからの異常検知。「AIを導入した覚えはない」という企業でも、既存ツールの機能として組み込まれていることがあります。洗い出しの手順はシャドーAIを放置しないで扱いました。

人が介入する点を工程に明示する。 AIの出力が、人の確認を経ずに人事上の決定になる経路がないかを確認します。ある場合は、確認工程を入れます。

対象者への通知の仕組みを作る。 AIを人事プロセスのどこで使っているかを、対象者に事前に知らせる。通知の文面と、いつ誰が出すかを決めておきます。

ログを残す。 どのAIが、いつ、どのデータを参照して何を出力したか。後から説明を求められたときに遡れる形にします。

この4点は、AIマネジメントシステムの国際規格ISO/IEC 42001が求める管理策とも重なります。規格の内容はISO/IEC 42001とは何かで整理しています。

まとめ

EUのAI規則は、採用・人事評価を高リスクに分類しています。附属書Ⅲに関する義務の適用は2027年12月2日に延期されましたが、透明性義務は2026年8月2日から動いています。

日本国内で完結する事業であれば、直ちに適用対象にはなりません。ただし、人による監督の確保、対象者への事前通知、ログの保存、決定理由の説明可能性という4つの要求は、人事にAIを使う際の設計基準として参照できます。当社が人事評価システムで自己評価の入力段階にAIを置かない設計をとっているのも、同じ考え方によるものです。詳細は人事評価にAIをどこまで使ってよいのかで述べています。

規制は今後も変わり続けます。対応に終わりはなく、方針を定期的に見直す体制のほうが、個別の対応より長く効きます。


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